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浦和地方裁判所 昭和59年(ワ)1081号 判決 1985年8月28日

原告

井本貴子

右法定代理人親権者父

井本成男

同母

井本勝子

右訴訟代理人

安藤良一

被告

中山悦子

中山勲

主文

被告中山悦子は、原告に対し、金一四一万二五四一円及び内金一二一万二五四一円に対する昭和五六年一〇月一〇日から、内金二〇万円に対する昭和五九年一〇月一九日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告中山悦子に対するその余の請求及び被告中山勲に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告中山悦子に生じた費用を被告中山悦子の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告中山勲に生じた費用を原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告に対し、金二〇〇万六九七四円及び内金一五七万六九七四円に対する昭和五六年一〇月一〇日から、内金四三万円に対する昭和五九年一〇月一九日から、内金四三万円に対する昭和五九年一〇月一九日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

原告の請求をいずれも棄却する。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下「本件事故」という。)

原告は、次の交通事故によつて傷害を負つた。

(一) 発生日時 昭和五六年一〇月一〇日午後二時五五分ころ

(二) 発生場所 埼玉県岩槻市大字小溝九二一―二二四先路上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(大宮五五に八〇四八)

右運転者 被告中山悦子(以下「被告悦子」という。)

右保有者 被告中山勲(以下「被告勲」という。)

(四) 被害者 原告

(五) 事故態様 路上の被害者の左側面に加害車両右前部が衝突

(六) 事故の結果 原告は、本件事故により左大腿骨開放性骨折・左橈骨骨折の傷害を負い、左の期間加療を要した。

(1) 入院

医療法人慈弘会岩槻中央病院に昭和五六年一〇月一〇日から同月一二日まで、春日部市立病院に昭和五六年一〇月一二日から同年一二月一九日まで及び昭和五八年三月二四日から同月三一日まで。

(2) 通院

春日部市立病院に昭和五六年一二月二〇日から昭和五八年四月七日までの間に実日数一一日間。

(3) 右入院期間中付添看護を要した日数 七九日間

2  責任原因

(一) 被告悦子は、加害車両を運転して前記発生場所をさしかかつた際、前方約一七メートルに原告を含む五、六人の子供が遊んでいるのを発見したのであるから、前方を注視し、安全を確認しながら運転すべきはもちろん、いつでも停止することのできる速度で進行すべき注意義務があつたのにこれを怠り、漫然時速四〇キロメートルの速度で進行した過失により本件事故を発生させた。したがつて、被告悦子には、民法七〇九条により、本件事故から生じた原告の損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告勲は、本件加害車両を自己のために運行の用に供する者であるから、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故から生じた原告の損害を賠償すべき責任を負う。

3  損害額 合計金二〇〇万六九七四円

(一)治療費(春日部市立病院分) 金四万六三二八円

(二) 入院付添費 金二三万七〇〇〇円

一日あたり三〇〇〇円で七九日間

(三) 入院雑費 金一四万七六六六円

一日あたり七〇〇円で七九日間のほか、牛乳等栄養物購入費金八五六六円、医師・看護婦への謝礼金七万九四〇〇円(内訳・医師三名へ金五万円、看護婦へ金二万九四〇〇円)及び診断書・事故証明書代四四〇〇円の合計額

(四) 入院交通費 金一万〇二〇〇円

原告の父井本成男が事故当日旅行先から病院まで急遽赴くのに要した交通費

(五) 通院付添費 金一万六五〇〇円

一日あたり一五〇〇円で一一日間

(六) 通院交通費 金一万九二八〇円

自宅から春日部市立病院へ通院する際要したタクシー料金五三八〇円、原告の父の妹の車両にガソリン料金一万三九〇〇円の合計額

(七) 慰藉料 金一五〇万円

原告は、本件事故により前記のような傷害を負つたものであり、その精神的・肉体的苦痛は甚大である。これを慰藉するための慰藉料は、金一五〇万円が相当である。

(八) 弁護士費用 金四三万円

右(一)ないし(七)を合計すると金一九七万六九七四円となるが、原告は、昭和五六年一二月二日自動車損害賠償責任保険保険金として金四〇万円の支払を受けたので、これを右合計損害額から控除するとその残額は金一五七万六九七四円となるところ、原告は、本訴の提起及び訴訟の追行を弁護士安藤良一に委任し、同弁護士に対し、着手金二〇万円を支払い、報酬として請求認容額の一割五分を支払う旨約したので、弁護士費用は、金四三万円をもつて相当とする。

4  よつて、原告は、被告らに対し、本件事故に基づく損害賠償として、金二〇〇万六九七四円及び内金一五七万六九七四円に対する事故発生の日である昭和五六年一〇月一〇日から、内金四三万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年一〇月一九日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告悦子)

1 請求原因1の各事実はすべて認める。

2 請求原因2(一)の事実及び主張のうち、被告悦子に本件事故に際しての過失があり、民法七〇九条による損害賠償義務が生じたとする点は認めるが、事故時の状況は争う。本件は、被告悦子が、加害車両を運転して時速三〇キロメートルの速度で事故発生場所にさしかかつたところ、原告が左右の安全を確認することなく、道路沿いの民家(加害車両進行方向に向かつて右側)の庭先から急に道路上に飛び出した際に生じた事故である。その際、被告悦子が原告を発見したのは原告が右民家庭先から飛び出した瞬間であつて、このときの相互の距離は一〇メートル未満であつた。

3 請求原因3の事実及び主張は争う。

(被告勲)

1 請求原因1の各事実はすべて認める。

2 請求原因2(二)の事実及び主張は争う。

加害車両の登録上の名義人は被告勲となつているが、それは、被告悦子が同車を購入するに際し、いまだ印鑑登録をしていなかつたため、わざわざ右登録手続をとることなく、実兄であり養父でもある被告勲名義としただけのことで、運行支配や運行利益が被告勲に帰属する関係にはなかつた。

3 請求原因3の事実及び主張は争う。

三  抗弁

本件は、前記(二(被告悦子)2)のとおり、原告が左右の安全を確認することなく、道路沿いの民家(加害車両進行方向に向つて右側)の庭先から急に道路上に飛び出した際に生じた事故であつて、本件事故発生については被害者である原告の過失も寄与しているものというべく、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一事故の態様及び事故の状況と責任の帰属

1 請求原因1の各事実はすべて当事者間に争いがない。右争いのない事実に<証拠>を総合すると、被告悦子は、昭和五六年一〇月一〇日午後二時五五分ころ、加害車両を運転して埼玉県岩槻市大字小溝九二一−二二四先の見通しのよい平坦な市道(幅員約七・四メートル)の中央部分を西方に向かつて時速約三〇キロメートルの速度で進行中、進路前方右側約一七・六メートルの地点に原告(小学一年生)を含む小学校低学年の児童らが数人遊んでいるのに気づいた(このころ、同じ道路の進路前方左側にも子供たちが数人遊んでおり、自転車などもあり、進路前方右側には乗用車も駐車しており、同被告はそれらの状況も認識していた。)ので、速度を時速約二〇キロメートルに減速したものの、そのままこの間を通過しようと考えて漫然と進行を続け、おりから、原告とともにいた男児が、まず右市道を急に走つて横断し、これに続いて原告が右市道に飛び出したため、制動措置をとつたが間に合わず、原告の左側面に加害車両右前部を衝突させて原告に傷害を負わせたことが認められ、原告が右市道に飛び出した状況につき加害車両進路前方右側で遊んでいた子供たちとは別に、同右側住宅の敷地内から突然飛び出してきたとするごとき被告中山悦子の供述は前掲各証拠に照らしてにわかに採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によると、被告悦子は、加害車両の進路前方左右に子供たちが遊んでおり、幅員約七・四メートルの道路左右には駐車中の乗用車や自転車のあることを認識し、原告が進路前方右側にいたとしても気づいていたのであるから、原告らの動静に注意しつつ、さらに減速して徐行し、場合によつては、停止するかあるいは子供たちの注意を喚起する措置をとるなどして安全を確認した上で進行すべき注意義務があつたのにこれを怠り、漫然とそのまま通過しうるものと判断して前記速度のまま何らの警告をすることなく進行した過失により本件事故を惹起したものというべく、民法七〇九条に基づく損害賠償責任を負わなければならない。

しかし、他方、前記認定事実によると、被害者である原告も、横断しようとする前記道路の左右の安全を確認しなかつたことが推認されるから、この点の被害者の過失を斟酌すると、被告悦子は、原告に対し、相当の損害のうち八五パーセントにあたる金員を賠償すべきものと考えるのが相当である。

2 <証拠>によれば、加害車両の自動車検査証上の所有名義人は、昭和五一年三月ころこれを新車で購入したとき以来被告勲となつており、その保管場所の届出も被告勲名義でなされ、また、これについての自動車損害賠償責任保険契約も被告勲名義で締結されていたこと、被告勲は被告悦子の実兄でかつ養父であつて同居の上生計を同一にしていたこと、加害車両は、本件事故当時、被告両名らの自宅の物置を車庫としてここに保管されていたことが認められる。

しかしながら、自動車の所有者から依頼されて自動車の所有者登録名義人となつた者が自動車損害賠償補償法三条所定の自己のために自動車を運行の用に供する者にあたるかどうかは、その者が登録名義人となつた経緯、所有者との身分関係、自動車の保管場所その他諸般の事情に照らし、自動車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視・監督すべき立場にあるかどうかによつて判断すべきものと解される(最高裁判所第三小法廷昭和五〇年一一月二八日判決・民集二九巻一〇号一八一八頁参照)ところ、<証拠>によれば、加害車両購入の経緯は、被告悦子が自己及び夫の使用に供するため、自動車販売業者と交渉した上、夫及び自己の出捐により現金払で加害車両を購入することにしたが、その際、販売担当者から書類作成には実印を用いるのがよいと言われたので、当時たまたま被告悦子ら夫婦はいずれも印鑑登録をしていなかつたため、実印を所持していた被告勲に名義を借りることとし、被告勲もこれを承諾して加害車両が購入され、同被告が登録名義人となつたものであること(したがつて、加害車両の所有者は被告悦子又はその夫であると解される。)、被告勲は、もとは土工などをして稼動したこともあつたが、右購入当時には既に定職も定収もなく、元来文盲無筆であり、また、子がなかつたため老後の扶養を受ける意味もあつて実妹である被告悦子と養子縁組したものであること、被告らの生計は主として被告悦子の夫の収入によりまかなわれていたこと、加害車両の使用状況は、被告悦子とその夫が運転して使用していたものであり、被告勲はこれに同乗することはあつたものの自ら運転して使用したことがないのはもとより、ガソリン代、維持管理費等を負担したこともなかつたこと、本件事故当時においては、被告勲は既に六〇歳で隠居の身で、被告悦子ら夫婦に扶養されている立場にあつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、右認定の諸事情を総合考慮すると、被告勲は、加害車両の運行を事実上支配、管理することができる立場にあつたとは認めることができず、社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視・監督すべき立場にあつたものとも解することができないから、同被告が自動車損害賠償補償法三条の自己のため自動車を運行の用に供する者にあたるとする原告の主張は理由がない。

二損害

原告が本件事故のため、請求原因1(六)記載の傷害を負い、同記載の期間入通院の上加療を要したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に<証拠>を総合すると、原告は、本件事故により左大腿骨開放性骨折・左橈骨骨折・全身打撲の傷害を負い、昭和五六年一〇月一〇日医療法人慈弘会岩槻中央病院に入院し、同月一二日同病院から春日部市立病院に転院し、以後同年一二月一九日まで及び昭和五八年三月二四日から同月三一日まで同病院に入院したこと(以上入院期間合計七九日間)、この間原告は、綱線牽引療法による治療とリハビリテーション等を受けたこと、原告は、昭和四九年一二月二日生まれで、本件事故当時六歳であり、右の入院期間中原告の母親らによる付添看護を要したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実を前提として、原告に生じた損害の細目について検討する。

1  治療費

<証拠>によれば、春日部市立病院に対する原告の本人負担となる治療費として金四万六三二八円が支払われたことが認められ、右事実によれば、右金員は本件事故により原告に生じた損害ということができる。

2  入院付添費

原告が合計七九日間入院し、この間付添看護を要したことは前記認定のとおりであるところ、このために生じた原告の損害は、弁論の全趣旨によれば少なくとも一日あたり金三〇〇〇円の割合による合計金二三万七〇〇〇円を下らなかつたことが認められる。

3  入院雑費

弁論の全趣旨によれば、右入院期間中、原告は雑費として少なくとも一日あたり金一〇〇〇円の出捐を余儀なくされたことが認められるから、この点の原告の損害は合計金七万九〇〇〇円となる(原告主張の医師らへの謝礼等は右の限度で損害と認めるのが相当である)。

4  入院交通費

<証拠>によれば、原告の父である井本成男は、本件事故発生の日、勤務先の団体バス旅行先から事故の知らせを受けて急遽自宅に戻るために金一万〇二〇〇円の出捐を余儀なくされたことが認められ、右は本件事故により原告に生じた損害と解するのが相当である。

5  通院付添費

原告が治療のため通院した実日数が一一日間であつたことは当事者間に争いがないところ、原告の年齢等に照らせば、原告はこの間右通院に際し付添を要したものというべく、そのため生じた原告の損害は、弁論の全趣旨によれば、少なくとも一日当たり金一五〇〇円の割合による合計金一万六五〇〇円を下らなかつたことが認められる。

6  通院交通費等

<証拠>によれば、原告の右通院及び小学校への通学にそれぞれ金五三八〇円及び金二七〇〇円を要したことが認められ、右は本件事故により原告に生じた損害と解するのが相当である。なお、原告主張にかかるその父の妹の車両のガソリン代のうち金一万一二〇〇円については、前記証拠によれば、同女による見舞及び付添のために要した費用であることが認められるところ、入院時の付添に要した部分については、既に入院付添費として前記2に含まれるものであり、その余の部分については、原告において当然負担すべきものとは断じ難く、本件事故との間に相当因果関係があるものと認めるに足りない。

7  慰藉料

前記の本件事故の発生事情、原告の負つた傷害の内容及びその治療状況等の諸事情を総合すると、本件事故により原告が被つた精神的損害は、金一五〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

三過失相殺及び損害の填補

そうすると、本件事故と相当因果関係にある原告の損害は金一八九万七一〇八円となるところ、前示のとおり被害者の過失を斟酌すると被告悦子は、原告に対し、右損害の八五パーセントに当たる金一六一万二五四一円を賠償すべき義務があることになるが、原告が昭和五六年一二月二日自動車損害賠償保険金として金四〇万円の支払を受けたことは原告の自認するところであり、弁論の全趣旨により右事実を認めることができるので、これを前記損害額から控除すると原告の損害は金一二一万二五四一円となる。

四弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告悦子に対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用相当額は金二〇万円とするのが相当であると認められる。

五結論

よつて、被告悦子は、原告に対し、金一四一万二五四一円及びこのうち弁護士費用相当額を除く金一二一万二五四一円に対する事故発生の日である昭和五六年一〇月一〇日から、右弁護士費用相当額金二〇万円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五九年一〇月一九日から各完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、原告の被告悦子に対する本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、同被告に対するその余の請求及び被告勲に対する請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官下村幸雄 裁判官河野信夫 裁判官松本光一郎)

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